京都・鳴海餅本店を徹底解剖!名物赤飯の製造秘話と混雑回避術
鳴海 餅 本店の暖簾をくぐると、蒸籠から立ち上る真っ白な湯気とともに、もち米と小豆の芳醇な甘い香りが鼻腔を突く。創業は明治8年(1875年)。150年以上の歴史を刻む京都・堀川下立売の角地に佇むこの店は、観光客で賑わう大通りから少し離れた静けさの中にありながら、ひっきりなしに引き戸が開く。京都の人々にとって、ここは単なる菓子処ではない。人生の節目や季節の移ろいを確認するために訪れる、暮らしの定点観測所のような場所だ。
日々の慶事や神事のたびに、市民が「お赤飯ならあそこや」と絶大な信頼を寄せる鳴海 餅 本店の存在感は、時代の波を軽やかに超えつつある。和菓子製造業を取り巻く環境が激変し、観光客の潮流が変化するなかでも、店頭に並ぶ素朴な餅菓子と折詰は、変わらぬ輝きを放ち続けている。早朝の仕込みから夕刻の売り切れまで、職人たちの手先が止まることはない。
堀川下立売の地で紡ぐ、暮らしに寄り添う「お餅屋さん」の原点
京都の和菓子と聞けば、茶道席で出される極めて繊細な上生菓子を連想する人が多いかもしれない。しかし、千年の都を支えてきたのはそれだけではない。日々の生活に根差した「お普段(おふだん)」の餅菓子こそが、街の骨格を作ってきた。堀川下立売という、かつての職人街と住宅街が交差する要所に店を構える株式会社鳴海餅本店は、まさにその象徴だ。
ガラスケース越しに見えるのは、職人たちが一つひとつ粉を払い、手際よく包む姿。ショーケースには季節の餅や団子、そして蒸したての赤飯が堂々と並ぶ。敷居の高さは一切ない。子供がお小遣いを握りしめて買いに来るみたらし団子から、宮中の神事に連なる厳かな祝い菓子まで、同じ熱量で作り続ける。この徹底した庶民性と格式の同居こそ、京菓子文化の深みそのものだ。
名物「赤飯」と季節の「水無月」——知られざる匠の製造秘話
鳴海餅本店の名を天下に知らしめているのが、不動の看板商品である「赤飯」だ。なぜ、冷めても米粒が立っており、ふっくらとした弾力を失わないのか。そこには門外不出とも言える職人の勘所が宿っている。
使用するのは厳選された国産の糯米(もちごめ)と、粒ぞろいの丹波大納言小豆や備中ささげ。着色料に頼ることは決してない。小豆の渋汁だけで米を染め上げる伝統技法は、気温や湿度によって浸水時間を分単位で微調整する高度な技術を要する。せいろで蒸し上げる際、蒸気の抜け方を手で確かめながら行う「打ち水」の加減が、噛むほどに旨味が滲み出るあの独特の食感を生み出しているのだ。
初夏の風物詩である「水無月」にも妥協はない。6月30日の「夏越の祓(なごしのはらえ)」に食べるこの生菓子は、白いういろうの上に甘煮の小豆を散らし、氷を模した三角形に切り分けたもの。鳴海餅本店の水無月は、ういろう生地のもっちり感と小豆の皮のやわらかさのバランスが圧倒的だ。蒸し上がりの温度管理を徹底することで、冷蔵庫に入れても白濁しにくく、口当たり滑らかな弾力を保つ。この職人技こそ、他店が容易に真似できない理由である。
地元民が絶賛する「本当の買い方」と最新の混雑回避術
名門の味を最高の状態で味わうには、京都の地元民が実践している「独自のルール」を知っておく必要がある。店頭で「今、蒸したてのはありますか?」と尋ねてみてほしい。タイミングが合えば、まだ湯気を纏った温かい赤飯を、竹皮や折箱に詰めてもらえる。この温もりを宿した赤飯の香りは、持ち帰って食べる冷めた赤飯の美味しさとはまた別次元の感動をもたらす。
混雑を回避するための戦術も欠かせない。特に水無月の時期である6月下旬や、正月用の小餅が飛び交う年末は、店頭に長蛇の列ができる。混雑のピークは午前10時から午後1時前後。開店直後の午前8時台、もしくは昼下がりの午後2時半から3時半の間が最も狙い目だ。
確実に入手したい場合は、数日前からの電話予約を強く推奨する。取り置きを依頼しておけば、行列用の専用レーンでスムーズに受け取れる場合が多い。ふらりと立ち寄って売り切れの札に涙を呑むのは、旅先では避けたい事態だ。
映像作品が照らす老舗の日常——Netflixやドキュメンタリーが映した素顔
近年、鳴海餅本店は国内のみならず、海外の映像クリエイターからも熱い視線を浴びている。是枝裕和監督が総合演出を手掛けたNetflixシリーズ『舞妓さんちのまかないさん』では、京都の日常を彩る食の象徴として、路地裏の暮らしとともに餅づくりの風情が印象的に描かれた。劇中で描かれる温かな湯気と手仕事の情景に、胸を打たれた視聴者も多いはずだ。
さらに、NHKオンデマンドで配信される歴史教養番組や、海外メディアが制作するフード&トラベルドキュメンタリーの現場としても度々カメラが向けられている。過度な観光地化に背を向け、早朝から淡々と粉と向き合う職人たちの姿は、無駄を削ぎ落とした日本独自の美意識として世界に届いている。画面越しに漂ってくるようなリアリティが、旅人をこの堀川の地へと駆り立てる。
伝統の味を未来へ——鳴海重則氏と京都府菓子工業組合の挑戦
京都の和菓子文化を守り伝える重責を担うのが、当主の鳴海重則氏だ。鳴海氏は自店の舵取りにとどまらず、京都府菓子工業組合などの活動を通じて、後進の育成や原材料の安定確保、さらには伝統産業のアップデートに尽力している。
気候変動による糯米や小豆の収穫量の変化、後継者不足など、和菓子製造業を取り巻く現実は決して甘くない。だが、鳴海氏の視線は常に前を向いている。機械化できる部分は衛生管理のために適切に取り入れつつ、味の根幹を決める火加減、水加減、手の平で感じる生地の締まり具合は、徹底して職人の身体感覚に委ねる。変えるべきものと、決して変えてはならないものの境界線を、誰よりも深く理解しているのだ。
「日々の暮らしがあってこそのお餅」。その哲学は、店頭で交わされる「おおきに」の挨拶ひとつにも宿っている。ただ古いだけではない。時代とともに呼吸を整え、明日の朝もまた蒸籠に火を入れる。鳴海餅本店が刻む静かな鼓動は、今日も京都の街を優しく満たしている。 (出典: 鳴海 餅 本店(Yahoo!ニュース))