札幌の伝説酒場「第三モッキリセンター」暖簾の奥に息づく昭和
第 三 モッ キリ センターの引き戸をガラリと開けると、使い込まれたコの字カウンターから漂う煮込みの湯気と、グラスに注がれる酒の気配が頬をかすめる。北海道札幌市中央区、近代的なオフィスビルが林立する街角にありながら、この暖簾の向こう側だけはまるで時計の針が止まったかのようだ。昭和25年の創業から70年余り。冷え込みが厳しい北国の夕暮れ時、乾いた喉を潤そうと吸い込まれるサラリーマンや旅人たちの表情は、誰もが一様にほどけていく。
日本各地の酒場文化を愛する人々にとって、第 三 モッ キリ センターは単なる大衆酒場という枠組みを超え、北の地酒文化と人の温もりが交差する生きた文化財のような風格を漂わせている。派手なネオンサインも気の利いたBGMもない。だが、ここには本物の酒場だけが持つ芳醇な空気がある。
創業昭和25年の伝統と名物メニュー、知られざる注文ルールまで徹底解剖
暖簾をくぐると、まず目に飛び込んでくるのが巨大なコの字カウンターと、壁一面にずらりと貼られた短冊メニューだ。価格設定は驚くほど良心的で、令和の現在でも数十円から数百円単位の品々が整然と並ぶ。初めて訪れた者がまず頼むべきは、創業以来の味を受け継ぐ「もつ煮込み」だろう。じっくりと煮込まれたモツは臭みが一切なく、味噌の深いコクが口いっぱいに広がる。サクサクの衣に包まれた名物の「ハムカツ」や、注文ごとに手際よく焼き上げられる「玉子焼き」も、酒飲みの心を掴んで離さない。
この歴史ある空間を満喫するためには、暗黙のルールとも呼ぶべき粋な作法を心得ておきたい。店内が混み合っている時間帯は、店員の手が空いた瞬間を見計らって簡潔に注文を伝えるのが基本だ。一度に大量の注文を浴びせるのではなく、まずは酒とすぐに出る小鉢を頼み、グラスを傾けながら次の肴を思案する。隣の席に座る見知らぬ客と肘が触れ合っても嫌な顔をせず、自然に席を譲り合う。この阿吽の呼吸こそが、長年愛されてきた空間の品格を形作っている。
枡からあふれる「もっきり」の矜持と北の大地が育んだ地酒文化
店名にも冠されている「もっきり」とは、酒をグラスや升になみなみと注ぐ「盛り切り」に由来する伝統的な提供スタイルだ。カウンター越しに一升瓶が傾けられ、受け皿に表面張力限界まで注ぎ込まれる透明な液体。客はグラスに口を近づけ、こぼさないよう音を立てずに最初の一口を啜る。この儀式のような一瞬に、日々の疲れは静かに溶け出していく。
ここでは、北海道が誇る銘酒から全国の隠れた名酒まで、極めて手頃な価格で日本酒の地酒文化を堪能できる。冷涼な気候と清らかな雪解け水で仕込まれた辛口の酒は、濃い口に仕上げられた大衆料理との相性が抜群だ。酒を注ぐ店員の手捌きには長年の熟練が宿り、グラスを満たす雫のひとつひとつに北国の歓待の心が宿っている。
吉田類も唸った昭和レトロ文化と酒場放浪記の足跡
全国の呑兵衛たちのバイブルとも言えるBS-TBSの人気番組『吉田類の酒場放浪記』において、この場所が紹介された日の反響は今なお語り草だ。酒場詩人・吉田類がカウンターの片隅で杯を傾け、店主や常連客と飾らない言葉を交わす姿は、まさに昭和レトロ文化の真骨頂として多くの視聴者を惹きつけた。
放送から年月が経った今も、番組の足跡を辿って訪れるファンは後を絶たない。木製の引き戸、使い込まれて飴色に輝く柱、そしてレトロな短冊メニュー。メディアが作り出した虚飾ではなく、日々の営業を愚直に積み重ねてきたからこそ醸し出される本物の重厚感が、訪れるすべての酒好きを包み込む。
食べログ高評価の裏にある居酒屋産業の原点と日常の温もり
グルメレビューサイト「食べログ」をはじめとする各種メディアで常に高いスコアを記録しているが、店側に気取った様子は微塵もない。タッチパネル注文や均一価格を売りにするチェーン店が席巻する現代の居酒屋産業において、この店が放つ求心力は特異だ。
効率化や回転率の向上ばかりを追い求めるのではなく、人と人との対面によるやり取りを大切にする姿勢。厨房から響く包丁の音、店員の威勢の良い掛け声、グラスが触れ合う乾杯の音。それらすべてが心地よいアンサンブルとなり、孤独な現代人の心をそっと温めてくれる。評価の高さは単なる料理の味だけでなく、失われつつある「大衆の居場所」への深い敬意の表れなのだ。
北海道観光振興機構も注視する「大衆酒場ツーリズム」の現在地
近年、北海道観光振興機構などが発信する観光トレンドの中でも、地元住民の日常に深く溶け込む「大衆酒場ツーリズム」が大きな注目を集めている。富良野のラベンダーやニセコのパウダースノーといった壮大な自然景観だけでなく、札幌の路地裏に息づく生活文化そのものを体験したいという旅行者が急増しているためだ。
観光地向けに作られた高額な海鮮丼を食べるだけでは味わえない、街のリアルな鼓動。第 三 モッ キリ センターのカウンターに座れば、隣の席の地元民から思わぬ穴場スポットを教えてもらえることもある。旅先で偶然隣り合わせた者同士が、酒を酌み交わすことで生まれる一期一会の交流。これこそが、北の大地を訪れる旅人にとってかけがえのない記憶となる。
2026年の今こそ訪れたい、北の大衆文化を繋ぐコの字の灯火
移り変わりの激しい時代にあって、変わらないことの価値を証明し続ける場所がある。札幌のビル街に揺れる赤提灯は、過度なデジタル化や効率至上主義に疲れた現代人にとっての灯台だ。
決して気取らず、背伸びをせず、ただ旨い酒と気取らない肴を愛する。コの字カウンターに集う人々が織りなす穏やかなざわめきは、今宵も北の都の夜を優しく照らしている。暖簾をくぐれば、そこにはいつでも温かい居場所が待っている。 (出典: 第 三 モッ キリ センター(Yahoo!ニュース))